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ひめゆり学徒隊

母体となった沖縄県女子師範学校(女師/1943年4月に師範学校教育令の改正に伴って沖縄師範学校女子部へ改組)と沖縄県立第一高等女学校(一高女)は、設立当時の沖縄県の財政事情から併設校とされ、校長および一部の教師は兼任であった。そのため、校名は異なるものの、実質的には一つの学校に近いものであったという。

名前の「ひめゆり」とは花の「ひめゆり」ではなく、沖縄県立第一高等女学校(一高女)の学校広報誌の名前「乙姫」と沖縄師範学校女子部の学校広報誌の名前「白百合」を併せて「姫百合」という名称になった。

米軍の沖縄上陸を目前に控えた1945年3月23日、両校の女子生徒222人と引率教師18名の合計240名からなる学徒隊は沖縄陸軍病院の看護要員として動員された(ただし、強制ではなく志願)。しかし、敗色濃厚となった6月18日に突然解散命令が出され、翌日の6月19日をはじめとする約1週間の間に多数の犠牲を出した(死亡者のうち実に80%がこの間に集中している)。最終的には教師・学徒240人のうち136人が死亡。その内の14人は荒崎海岸で「集団自決」をしている(自決の強制性については論争あり。当該項目を参照)。

戦後、最大の犠牲を出した伊原第三外科壕跡に慰霊塔であるひめゆりの塔が建立された。

なお、敷地の入口近くに建つ「ひめゆりの塔の記」では、動員数を297名、「合祀した戦没者」を224名としている。一方、ひめゆり平和祈念資料館が刊行している資料では「ひめゆり学徒隊」の動員数を240名、うち戦没者を136名としている(それ以外の戦没者が90名・戦没者の合計は226名)。この相違は、「ひめゆりの塔の記」では学徒隊以外の戦没者数を含んでいることによる。また、以前に戦没者の合計が219名とされていた時期もあったが、これは2003年7月の調査で判明した7名を含んでいないため。なお、「その他の戦没者」には沖縄戦開始以前の死者(対馬丸事件と、1944年に下校中乗車していた弾薬輸送列車が爆発した事故によるもの)が含まれているが、これはいずれも「原因が戦争に関連している」との判断によるものだという。彼女たちの御霊は、同様に動員されて生命を失った学徒兵たちと同様に靖国神社に合祀されている。


『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
多くの生命を失った学徒兵の御霊靖国神社に合祀されているようです。

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2009年06月26日 10:45に投稿されたエントリーのページです。

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